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大阪地方裁判所堺支部 平成5年(ワ)1471号 判決 1997年5月14日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 三木俊博

中嶋弘

被告 野村證券株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 澤辺朝雄

主文

一  被告は、原告に対し、金四六七万七二八七円及びこれに対する平成五年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六七二万一四一一円及びこれに対する平成五年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の社員から勧められたワラント証券を購入した原告が、購入時に証券の性格及び危険性につき、十分な説明を受けなかったなどの理由により損害を被ったとして、民法七〇九条、七一五条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いがない事実

1  被告は、有価証券等の売買の媒介、取次等の証券業を営む株式会社である。

2  原告は、昭和六二年頃から、被告の堺支店を通じて、別紙「売買取引計算書」記載のとおり、株式の取引を行っていたが、堺支店の社員B(以下「B」という。)に勧められ、以下のとおり、ワラント証券の取引を行った。

(一) オムロン外貨建ワラント(以下「オムロンワラント」という。)

(1) 購入日 平成三年一月二一日

(2) 単価 二二・〇ポイント

(3) 口数 三〇口分

(4) 代金 四四〇万二二〇〇円

(5) 売却日 同年一月三〇日

(6) 売却額 四五四万九〇二三円

(二) 京セラ外貨建ワラント(以下「京セラワラント」という。)

(1) 購入日 平成三年一月三一日

(2) 単価 四〇・七五ポイント

(3) 口数 二〇口分

(4) 代金 五三八万五一一二円

(5) 売却日 同年二月一八日

(6) 売却額 五四八万三三七八円

(三) 東急不動産外貨建ワラント(以下「東急不動産ワラント」という。)

(1) 購入日 平成三年二月二六日

(2) 単価 一九・〇ポイント

(3) 口数 五〇口分

(4) 代金 六三五万五五〇〇円

3  右の東急不動産ワラントについては、原告が権利行使期限(平成五年六月三〇日)を徒過して無価値となったため、売却は不可能となった。

二  争点

1  被告の責任の存否(適合性の原則違反、説明義務違反、助言義務違反の有無)

2  原告の損害額

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告の主張

(1) ワラントは、新株引受権を表章した証券で、基本的には株価に連動して値動きするが、株価の変動率よりも大きく値幅が変動する傾向があり、ハイリスクな投機性の高い金融商品である。

また、外貨建のワラントは、為替相場変動の影響も受けて値動きをする上、我が国の証券取引所に上場されておらず、価格形成過程自体が極めて不透明でもある。

とりわけ、東急不動産ワラントは、理論価値がマイナスで投資価値が全くなく、権利行使期限まで二年四か月しかない特殊で高度な危険性を有するワラントであった。

したがって、証券会社が一般投資家にこのようなワラント証券の購入を勧める際には、これまでの投資経験、投資傾向、資力等この取引に適合する条件を備える者にのみ勧誘をすべきであり、また、その特質、内容、仕組みや危険性、取引態様等について、正確に理解できるように十分な説明をすべき義務がある。なお、証券会社が、顧客に対して、価格変動に関する断定的判断を提供することや、強引かつ執拗な勧誘をなすことは、取引の公正を損なうものであるから、当然禁止されている。

(2) また、ワラント取引は、前記のとおり、高度の経済知識と投資経験を必要とするものであり、一般投資家としては、事実上、ワラント証券を購入した証券会社に証券を買い戻してもらうほか、投下資金回収の手立てがないのであるから、顧客にワラント証券を販売した証券会社としては、販売後も一般投資家に対して、売り時期等について適宜のアドバイスを行うべき義務を負うというべきである。

(3) しかるに、Bは、原告のこれまでの取引傾向を無視し、適合性の原則に違背して本件ワラント取引を勧め、ワラント証券の複雑な仕組みや危険性等についての必要な説明をせず、取引説明書の交付もしないで、自分の勧めるワラント証券が絶対に間違いないとの断定的判断を提供して、ワラント証券の買い換えに応ずるよう執拗に勧誘し、東急不動産ワラントを購入させた後は、何らの助言も行わなかったのであるから、Bの右所為は前記各義務に違反するものである。

右Bの義務違反は、ワラント証券の売買という被告の業務の執行に関して、従業員であるBが行ったものであるから、使用者である被告は、民法七〇九条、七一五条に基づき、原告が被った損害について賠償責任を負う。

(二) 被告の主張

(1) 原告主張の義務は、被告が法的に負担する義務ではない。

有価証券の取引は、不透明な多くの要素によって変動する相場によりその損益が左右されるものであり、投資家の自己責任が原則である。投資家自ら調査研究のうえ投資対象を選定すべきであって、証券会社は、サービスの一貫として情報を提供するにすぎず、原告主張の説明義務等の義務を負うものではない。

また、原告のいう助言義務は、将来における価格の予知という予測不可能なことを前提とするものであって、成立する余地がない。

(2) Bは、原告の知識、投資経験等に則して、原告がワラント取引の適合性を有するものと認めた上、ワラント証券の性格、仕組み、危険性について十分な説明を行った。被告は、原告に対し、ワラント取引に関する説明書を交付し、原告からワラント取引に関する確認書の差入れも受けている。

Bにおいて、断定的判断の提供、執拗な勧誘を行ったことはなく、東急不動産ワラント購入後の値動きについても頻繁に原告に連絡している。

マップインベストメント原状回復問題が惹起するまで、原告からワラント取引に関する異議は一切なく、原告は、ワラントの意義、特質を十分理解し、自らの判断で、取引を行ったものである。

(3) 東急不動産ワラントが、特殊で高度な危険性を有するとの主張は、当時の東急不動産の株価の値動きを無視した偏見に基づく見解である。

2  争点2について

(一) 原告の主張

原告の損害は次のとおりである。

ワラント証券三種の購入代金総額一六一四万二八一二円から、オムロンワラントと京セラワラントの売却額一〇〇三万二四〇一円を控除した実損害額六一一万〇四一一円

本訴提起のための弁護士費用六一万一〇〇〇円

(二) 被告の主張

実損害額は認めるが、その余は争う。

四  証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告の責任の存否)について

1  前提となる事実関係

前記争いがない事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件取引の経験

(1) 原告は、乳製品の製造、販売を行う株式会社に勤務し、在職中は営業担当の取締役を務めたこともあった。一方で、原告は、かねてから地元の証券会社を通じて株式取引を行ったり、マンション経営等を手掛けるなどしており、いわゆる資産家であった。

昭和六二年一二月頃、原告は、被告堺支店のCの勧誘を受けて、株式の現物取引、投資信託等の取引を行うようになったが、信用取引、先物取引等は行わなかった。なお、原告の昭和六二年一二月以後の被告との取引は、別紙「売買取引計算書」記載のとおりである。

原告の投資姿勢は、自ら銘柄を選んで買い注文を出したり、売却時期について指示をするようなことはなく、もっぱら上場株式の中から被告担当者の意見に従って取引をするという程度のものであった。

(2) 平成二年六月にCから原告の担当を引き継いだBは、原告に対して、株式、投資信託の購入を勧めるなどしていたが、原告は手持ちの株式の価格が下落していることから、新たな取引をさし控えていた。

Bは、被告のワラント取引勧誘の適合性についての内規(年齢七五歳以下であること、男性であること、無職でないこと、被告への預かり資産が一〇〇〇万円以上であること)に原告が適合すると考え、翌平成三年一月一四、五日頃、被告堺支店の方針で顧客に勧めることとなったオムロンワラントを原告に勧めるため、原告の自宅に電話をかけた。Bは、原告と二、三〇分程度話し、オムロンワラントの購入を勧誘した際、ワラントとは一定の価格で新株を購入できる権利であること、新株を引き受ける際には、別途、所定の金額が必要であること、ワラントの価格は株価と連動するが、株価の値動きに比べて上昇、下落の幅が大きい、いわゆるハイリスク・ハイリターンの証券であること、権利行使には期限が決められており、その期限を過ぎればワラントの経済的価値はなくなること、外貨建てなので為替の変動の影響を受けることなど通り一遍の説明をした。そして、オムロンは業績が非常に良く、有望であることなどを説明し、同ワラントの買付を勧誘した。Bは、同年一月一八日までの間に、再度原告方へ電話でオムロンワラントの勧誘を行い、さらに、一月一八日の営業時間終了後に原告方へ電話をかけて勧誘し、原告からオムロンワラント三〇口の現金による購入の承諾を取り付けた。この三度の電話でのやりとりの中で、原告からワラントについての質問はなされなかった(なお、原告本人は、Bからワラントについて電話があったのは、取引を承諾した同年一月一八日の一度きりであったと述べているが、原告はBが原告の担当となってから約半年間被告との間で何らの取引も行っていないこと、原告本人自身、Bの執拗な勧誘に負けて購入を承諾したと述べていることなどに照らすと右供述部分はたやすく信用できない。)。

(3) Bは、一月二一日午前九時八分、本社に原告のオムロンワラントの買い注文を発注し、同月二五日、社外担当のDが原告方を訪れて現金とワラント取引の確認書を原告の妻から受領した。

(4) 同年一月二九日の夜、Bは、原告方に電話をかけ、オムロンワラントの売却を勧めた。その際、原告から少しの利益が出ただけでもう売るのかという趣旨の疑問が呈されたが、Bは、「利益が出ているので取っておきましょう。」と原告を説得し、結局、原告は一月三〇日、Bの勧めに従ってオムロンワラントを売却し、この取引で一四万六八二三円の利益を得た。

Bは、一方で、京セラのファインセラミックが好調であるとして、原告が保有している割引国債、新日鐵の株式六〇〇〇株と小野薬品の転換社債を売却して、京セラワラントを購入することを勧め、原告はこれにも従い、二六〇万円余りの売却損を出してこれらの証券を売却し、その代金を購入資金として、一月三一日、京セラワラントを購入した。なお、同年二月一八日、Bが原告方に電話をかけ、原告に対し、京セラワラントの売却を勧めた際にも原告はBの右勧めに従った。

(5) 同年二月二五日夜、Bは、原告方に電話をかけ、マンション販売等が好調で業績が良好であるとして、東急不動産ワラントの購入を勧め、原告はこれに従った。

東急不動産ワラントは、その当時でもほとんど取引が行われておらず、その後、その価格も下落し、権利行使期限(平成五年六月三〇日)まで二年を切った平成三年六月以降は、五ポイントを下回り、同年一〇月頃に、わずかな値戻しをみせたものの、平成四年に入った頃には実質的に無価値となった。しかし、Bは、東急不動産ワラントについては、売り時等について、原告に助言をすることは一切しなかった。

(6) その間、被告から原告宛に平成三年五月三一日付け、同年七月三一日付け、同年八月三〇日付け、同年一一月二九日付け、平成四年二月二八日付け、同年五月二九日付け、同年八月三一日付け、同年一一月三〇日付け、平成五年二月二六日付けで、「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」、同年四月三〇日付けで「ワラント時価評価のお知らせ(控)」の各書面が送付された。右各書面の表面には、東急不動産ワラントの買付時の明細と時価評価として、気配値(ポイント)と時価評価額、評価損益が記載され、括弧書きで権利行使期限と行使最終受付日が記載されているものもあった。また、裏面には、ワラントの内容について、その特色、価格変動の特質と危険性、権利行使期限、為替の影響等の説明が記載されていた(もっとも、被告から原告に交付された外国証券取引報告書(甲B一〇の1ないし5)には権利行使期限の趣旨であるのに「償還日」として記載されている。)。

一方、原告は、これらの書面末尾に記載された時価評価額、権利行使期限等を確認した旨の確認書や時々送付されてくる証券等の残高明細の回答書等に署名押印して被告の堺支店に返送するなどしたが、いずれそのうちにBの方から連絡があるだろうと安易に考え、東急不動産ワラントの売却処分等については何らの措置も取らず、また、Bに対して東急不動産ワラント買付について異議や苦情を述べることもなかった。

(7) 平成四年一一月、Bは、原告に対して、前担当者のCが原告に売却していた被告の自社商品であるマップ・インベストメントの劣後性の説明が十分でなかったとして、原状回復を申し入れた。その際、原告は、東急不動産ワラントについても損失補償するようにと要求したが、被告はワラントの損失補填は、できないとして拒否した。

(8) なお、証人Bは、平成三年一月一八日の昼頃、原告方を訪問し、原告に読んでもらうようにと言って、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙三)を原告の妻に渡したと証言しているが、原告本人は、これらが被告から送られてきたのは、平成四年に入ってのことである旨供述していること、証人Bの右証言を裏付ける客観的証拠もないことなどに照らすと、Bが事前に右のワラントに関する説明書を原告に渡していたとまでは認め難く、原告がこれらの書面を受領したのは、平成四年になってからであると認めるのが相当である。また、同年一月二一日付けの、原告作成名義の「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙二・右確認書には「私は、貴社から受領した「国内新株引受権証券取引説明書」及び「外国新株引受権証券取引説明書」の内容を確認し、私の判断と責任において国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引を行います。」との記載がある。)は、同年一月二五日に被告の社外担当のD社員がオムロンワラント代金の集金に赴いた際に原告の妻に署名押印を求め、同人が原告が了解しているものと誤信して内容を理解しないまま、署名押印したものと認められるので(甲B一六の1、原告本人)、右の署名押印の点から、原告が被告から事前に「国内新株引受権証券取引説明書」及び「外国新株引受権証券取引説明書」の各書面の交付を受けていたと認めることもできない。

(二) ワラントの性質、内容等について

(1) ワラントとは、商法三四一条ノ八に規定する新株引受権付社債のうちの新株引受権証券のことであり、分離型ワラントは、ワラント部分(新株引受権証券部分)が社債部分から分離されたもので、ワラント発行時に予め決められた一定の権利行使期限内に額面金額を払い込むことによって新株の取得ができる権利を表章する証券である。非分離型のワラントは、昭和五六年の商法改正によって認められていたが、分離型ワラントは、昭和六〇年一一月から国内においても発行されるようになった。ワラントとしての特質は分離型において、よく発揮されるものであることから、現在では分離型ワラントが主流となっている。

(2) ワラントは、原則としてその価格が株価に連動するが、株価の変動率以上の値動きをする傾向があり、株価が上昇傾向にあるときは、ワラントは、株式の先高感を反映して大きく上昇し、いわゆるプレミアムが大きくなるため、小額の資本で多大な利益を上げられることになり、有利な投資商品となるが、株価が権利行使価格とワラント取得価額の合算より低下すると、メリットはなくなり、価格は大きく下落する。そして、権利行使期限まで二年を切ると、ほとんど取引が行われなくなって投資価値が失われ、権利行使期限を徒過すると、ワラントの権利行使はできないまま、失効消滅してしまうという特質を有する。したがって、ワラント証券は、いわゆるハイリスク・ハイリターンの金融商品ということができる。

(3) また、ワラントの価格はポイント(ワラント証券額面のパーセント)で表示され、パリティ(理論価格)やプレミアム(現実の価格とパリティとの差)の計算も単純ではない上、外貨建のワラントでは、為替相場変動のリスクも伴うなど、より投機性が高い。したがって、通常の国内株式取引とは異なった知識、経験が要求され、証券が無価値化してもこれに耐え得る経済力が必要となる。

(4) なお、外貨建のワラントの売買価格は当初一般に公表されていなかったが、平成元年五月以来、代表銘柄については店頭気配値が日本証券業協会から毎日発表され、平成二年九月二五日以降は、日本相互証券から銘柄ごとの売買注文の情報が発表され、日本経済新聞等にも毎日掲載されるようになっている。

(5) この外貨建ワラントの取引は証券取引所で行われず、業者間売買を原則として、日本相互証券において、値付け(マーケットメイク)することとされている。

そして、引受主幹事証券会社は当然にマーケットメイカーになることとされており、他社からの注文に対しては五〇ワラント以上の売買に応ずる義務があるとされている。

しかし、このマーケットメイクの対象銘柄は一定の制約があり、東急不動産ワラントは、原告が購入した時点で既にマーケットメイクの対象外となっており、売買の値が付かないことが多く、売注文に対しても買手がない状態で、事実上被告が買い取る以外に手立てがないものであった。

2  ワラント取引における証券会社の注意義務

(一) 一般に、証券取引は、本来的に危険を伴うものであって、証券市場を取り巻く政治的、経済的、社会的な複雑多様で不透明な要素によって市場価格が形成され、証券会社から提供される各種の情報もあくまで将来の見通しにとどまるものであるから、投資家自身において、その取引の危険性の有無や程度、それに耐え得る財産的基礎を有するか否かを判断すべきものである。

しかしながら、一般投資家は、高度の専門的知識、豊富な経験、多量の情報等を有する証券会社の勧誘や助言等を信頼して証券取引に参入しているのが現状であるから、このような一般投資家の信頼は十分に保護されるべきである。

証券取引法における各種の規制やこれに基づく通達、日本証券業協会制定の自主規制規則等(甲A八参照)もこの趣旨に出たものと考えられる。

(二) してみると、証券会社(ないしその社員)が、投資家に対して証券取引を勧誘するに当たっては、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験、資力等に照らして、当該取引を勧誘することが不適当ではないかを判断(適合性の原則)した上、投資家において正しい認識、理解の下に当該取引を行うか否かを自主的に決定できるよう、当該取引の仕組みや内容、その利益やリスクについての的確な情報の提供や説明を行う(説明義務)とともに、その後においても投資家が間違った情報や認識の下で、不当に不利益や損失を受けることがないよう、情報等の提供や適切な助言を行う(助言義務)べき信義則上の注意義務があるというべきである。

とりわけ、本件外貨建ワラント取引の場合、前認定のようにワラント自体の性格、取引の仕組みや内容、価格形成のメカニズム、為替相場の影響等他の取引とはかなり異なった取引の特徴があり、権利行使期限の定めがあることや、期限までの期間の長さによっては経済的価値がなくなるなどのリスクが極めて大きいという特質が認められるのであるから、証券会社としては、右適合性の原則に従って投資家の選別を行い、ワラント取引の右のような特徴、特質、危険性について十分な情報提供や説明を行い、理解をさせるように努めるとともに、取引後においても過大な損害を被ることのないよう価格情報の提供や処分時期についての適切な助言を行うべきである。

そして、証券会社やその社員が右義務に違反し、これがため投資家が損害を被った場合には、不法行為を構成すると解するのが相当である(なお、原告は、外貨建ワラントの発行が脱法行為であるとか、公序良俗違反であるなどと主張するが、独自の見解に基づくものというほかなく、いずれも採用の限りでない。)。

3  そこで、以上認定の事実及び説示に従い、被告(ないし社員であるB)に適合性の原則に違背する所為があったか否か、説明義務及び助言義務違反があったか否かについて検討するに、

(一) 前記認定事実によると、原告は、株式の現物取引については相当期間の経験があり、マンション経営なども手掛けるいわゆる資産家であって、株式会社の取締役を務めたこともあり、金融、経済についてある程度の知識を有するものと認められるから、Bにおいて、原告がワラント取引に適合すると考えたこともあながち不当ということはできない。

(二) しかし、他方、原告は、信用取引、オプション取引、先物取引等リスクの高い投機的取引は、従前には経験がなく、株式の現物取引においても、自己が銘柄を指定して買い、あるいは売り注文を出していたということはなく、もっぱら被告社員の勧めに従って取引を行っていたにすぎず、従前株式会社の取締役を務めた経験はあるものの、その業務は営業担当であり、会社の資金調達面についての理解が深かったとも認め難い。

そうすると、被告としては、原告と外貨建ワラント取引を開始するに当たっては、原告に対して、ワラント取引の仕組みや内容、価格形成のメカニズム、為替相場の影響等前述の特徴、特質、危険性について、十分に説明し、理解をさせることが必要であり、特に東急不動産ワラントは、原告が購入した当時既にマーケットメイクの対象外であり、取引されることがほとんどなかったのであるから、実質的無価値となる可能性が高いワラントというべきであり、その取引の危険性については、特に十分な説明をすべきであったといわなければならない。

しかるに、Bは、オムロンワラントの購入を勧める間に、ワラントの取引の内容、仕組み、危険性などについてわずか二、三〇分程度の電話による会話で概括的説明を行ったにすぎず、その後の勧誘ではもっぱらオムロンワラントの有望性についての説明に終始し、事前に原告に対して「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」の交付もしていないのであるから、原告にワラント取引を勧誘するに際し、ワラントが投機性の高い金融商品であり、権利行使期限が経過すると、無価値になるなどの特質を十分理解させた上で、オムロンワラントの取引を行ったものとは到底認め難く、したがって、Bが説明義務を尽くしたものとは認められない。その後の京セラワラント、東急不動産ワラントの買受けの勧誘に際しても同様であったということができる。

(三) また、Bは、オムロンワラント、京セラワラントについては、逐一売り時等についても原告に指示してそれに従わせており、ワラント販売時に原告に対し、ワラントの特性、危険性を十分に説明しなかったことも相まって、原告自身ではワラント取引について適切な判断をなし得ないことを十分認識していたはずであり、しかも、その後原告に売却した東急不動産ワラントが、前述のように極めて大きいリスクを負ったワラントであり、今後値戻しの可能性が乏しいことは容易に予見し得たはずであるから、原告に対し適当な時期に売却を促すなどの助言を与えるべき義務を負っていたものといわなければならない。

しかるに、Bは、東急不動産ワラントが値崩れを起こすや、原告に連絡を取らなくなり、損害の拡大を防ぐため適当な時期に売却を促すなどの助言も行わず、結果として、ワラントの権利行使期限まで徒過させてしまったのであるから、Bが、右助言義務を尽くしたものとは到底認められない。

(四) してみると、Bの原告に対する本件ワラント取引の勧誘及びその後の態度は、前述の説明義務及び助言義務に違反するものとして、不法行為を構成するといわざるをえず、したがって、被告は、Bの使用者として、民法七一五条に基づき、原告に対し本件ワラント取引により原告が被った損害を賠償する責任があるものといわなければならない。

二  争点2(原告の損害)について

1  本件ワラント取引に伴う説明義務違反及びワラント売却後の助言義務違反の行為によって原告が被った損害は、本件ワラント取引によって被った全損害額から、これにより得た利益分を控除した額(前記の実損害額)と解するのが相当である。

そうすると、原告は、その主張のとおり、金六一一万〇四一一円の損害を被ったものと認められる。

2  ところで、前記認定事実によれば、原告は、本件各ワラント購入時、ワラントについての知識を全く有しなかったのであるから、Bから勧誘された際、適宜質問するなり、他の方法で研究するなどしてその特質、危険性について理解する努力をすべきであったのにこれを怠り、平成三年五月以降にはワラントの取引に関する「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」を受け取りながらも、その記載内容には無頓着な態度を取り、東急不動産ワラントの価格が値崩れを始めた後も、Bが従前のようにいずれ何らかの指示をしてくれるものと思い込み、「お知らせ」の末尾の「確認書」に署名して被告の堺支店に提出するなどし、漫然と東急不動産ワラントの権利行使期限を徒過してしまったものであるから、本件の損害の発生、拡大については原告にも相当の過失があったものというべきであり、右の諸点を斟酌すると、原告の右損害(六一一万〇四一一円)のうち三割を減じるのが相当である。

3  そうすると、被告において賠償すべき原告の損害額は、右損害の七割に相当する四二七万七二八七円(円未満切捨て)となる。

また、本件訴訟の内容、審理の経過及び認容額等にかんがみると、弁護士費用としては、金四〇万円が相当である。

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求は、主文一項掲記の限度で理由があるから、右の限りで認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言については同法一九六条に各従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷種臣 裁判官 中村隆次 裁判官八代英輝は退官のため署名押印できない。裁判長裁判官 大谷種臣)

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